田舎僧侶の暮らし

けっこう長芋が好きな坊主のブログ

読書感想文『太陽のない街』

 

 

小林多喜二の「蟹工船」、徳永直の「太陽のない街」

この2つは、確か高校の歴史の資料集か何かに載っていたのを、ふと思い出しました。

当時は、読もうという気持ちさえ起きなかったけれど、なぜかこのタイミングで読んでみようと思いました。



徳永直:『太陽のない街』読了しました。

 

 

f:id:nagaimo_itiban:20200419095820j:plain

 

ここは東京随一の貧民窮。印刷工場の労働者がひしめき暮らす。ある日工場が行った首切りは大争議に発展。「太陽のない街」の住民たちも苛烈な闘いの渦に巻き込まれていく。実際の争議の中心にいた作者が、労働者の言葉をもって読ませることを第一条件として描く。プロレタリア文学の代表的作品。

 

 

この作者、実際に工場で労働者として働きながら、書いた小説。

作家を目指していました!というのではなく、読書習慣のない労働者に、わかりやすいように意識して書いたら、その後にプロレタリア文学を代表する作品になった!というのだから驚き。

この小説に共感する人が数多いたんだろうね、きっと。

英語、フランス語、ロシア語にも翻訳されているというのだから、世界中でも共感を呼んでいる作品になっている。

 

 

 

フィクションかと思いきや



この小説、出だしから人のセリフが多かったので、終始一貫して創作した話なのかなぁとか思っていたら違った。

 

実際にあった印刷会社と労働組合との争議が作品の元になったノンフィクションとまではいかないにしても、ドキュメンタリー風な小説だった。



印刷会社と労働組合との争議というメインテーマを軸とした物語ではあるが、そこには、工場で働く男女や、その家族。労働組合活動を取り締まる警官、それを手伝う暴力団。仏教団体。そして資本家。様々な立場の人々が登場してくる。立場が違えば考え方はもちろん違うよね・・・・・

 

いろんな立場の人間が出てくるけど、この本の特徴的だった描写は、労働組合という組織の中の、会合の様子が詳細に描かれているところだった。

 

議長がいて、労組としての方向を提示し、それに対しヤジを飛ばす人がいて、何だかんだあって労組としての決議を出す。このような流れが、現実の労働組合でも同じことが行われているんだろうか?と想像したね。



あと、労組の幹部たちの会議の場所も、警官の取締りに合わないように秘密裏に行う描写も生々しかった。

 

どこかの2階を間借りして、こっそりと会合するみたいな。そして組織として重要な話を行うみたいな。まるで幕末の志士をイメージしてるような感じで、大正の時代でもこんな感じだったんだぁと思わされました。

 

共産主義的傾向がある人の取締りを強化していた時代背景も感じたし。治安維持法とか、多分その辺りの時代の話が生々しく感じたね。

 

 

 

 

まとめ

 

 

資本家と労働者。

 

この2つの対立を軸とした、労働組合の組織としての描写が多く表現されていました。

 

そこに、工場で働く人間の家族問題も絡んだりして、余計に資本家への恨みが募っていく・・・・そして組合運動に傾倒していく姿が多く描写されていました。

 

この物語の敵として表されているのが、印刷会社なわけだけれども、当時は全ての工程を人がやっていたんだよなぁと、思わさるところが多かった。

 

印刷の文字版を変える人、刷る人。等々・・・私が生まれてきた時代には、それらの工程は機械がやるのが当たり前になっている時代だった。

 

だから、まさかそれらの工程が人力で行われていたとは、言われてみれば、まぁそうだなぁとは思うものの、この本読まなかったら、それが普通だった時代の過去に多分気づかなかったろうな・・・・

 

時代が変化するにつれて「当たり前」というものが変わるように、どの時代に生まれてくるかによっても、「当たり前」が変わるということを、改めて感じました。

 

2020年現在、身の回りにあるものがいずれ、当たり前じゃなくなる時もいつかくるんだろうなぁ・・・なんてボーと思っちゃいました。